CAEの可能性を大きな力に
~製品開発の立ち上げから関わってきた開発者としての夢~

ADVENTUREClusterを開発するきっかけとなった話をお聞かせください。
私がアライドエンジニアリングに入社したのは1998年です。その頃は、ちょうど東京大学を中心としたプロジェクト「ADVENTUREプロジェクト」が立ち上がった時期でした。
その当時は、比較的規模の大きい構造解析には、ベクトル計算機という高価なスーパーコンピューターが使用されていました。1990年代後半はPCクラスターを用いて、より大規模な構造解析を行うことのできる可能性が見えてきており、CAEソフトウェアの並列化技術に期待が集まり始めた時代でした。
PCクラスターは、当時普及しつつあったPCを複数台つないで並列計算を行うことにより、スーパーコンピューターに匹敵するような、大規模で高速な計算性能を可能にするものです。PCクラスターを用いることで、従来スーパーコンピューターに手が出せなかった多くの民間企業でも、大規模な構造解析を実施する可能性が見えてきました。
そこで、従来なかったような大規模で高速なシミュレーションを可能とするCAEソフトウェアを実現するために立ち上がったのが「ADVENTUREプロジェクト」です。
ADVENTUREプロジェクトでは、現在も洋上風力発電の研究などで関わらせて頂いている吉村忍先生(東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻教授)がリーダーとなり、研究メンバーとして気鋭の若手研究者が参集されました。そうしたプロジェクトに、当社も民間ソフトウェア開発会社として参加したのです。
私は1年ほど東京大学の研究室でプロジェクトの開発を担い、その後、ベータ版のADVENTUREがリリースされました。その研究成果をベースに当社独自に研究開発を進め、製品としてのADVENTUREClusterを2001年7月にリリースすることができました。
ADVENTUREClusterの独自の解法、CGCG法の開発に至った経緯を教えてください。
ADVENTUREプロジェクトでは、構造解析の並列処理に領域分割法(DDM : Domain Decomposition Method)と呼ばれる手法を採用していました。商用化を考えた時に、元となる領域分割法そのままではパフォーマンス的に厳しい部分が見えていて、新しい手法を取り入れる必要がありました。
CGCG法の元となるCG法(Conjugate Gradient Method)は並列向きの手法ですが、ひと工夫することで高速化できる可能性がありました。
また、他にBDD法(Balancing Domain Decomposition Method)の考え方は大いに参考になりました。BDD法は領域分割法に対してコースグリッドの考え方を加える手法で、元となる領域分割法よりも高速な手法です。そういった既存のいくつかの手法を検討しながら、領域分割法に独自に改良を加えることを中心に、いろいろな方向からより良い方法を模索しました。
そういった模索を経て、当時のメンバーのアイデアや理論建てにより、従来の考え方とは別のアプローチで、より効よくCG法のメリットを享受できる枠組みが整い、私の方でアルゴリズムに落として実装していきCGCG法(Coarse Grid Based Conjugate Gradient Method)が生れました。
CGCG法の開発や開発技術を商用化していく際のエピソード教えてください。
私は物理出身なのですが、CGCG法で取り入れたコースグリッドの考え方は、高速ソルバーの可能性を期待させるものでした。とはいえ、動かしてみるまでは自信はなく、この手法を用いたソルバーを初めてPC上で動かした時は、あまりの速さにほっとする気持ちと期待とが入り混じるような不思議な感覚がしました。周囲の方々にも処理速度が素晴らしいと沢山の高評価をいただきました。
ADVENTURECluster商用化にあたっての当初の目標として、まずは日本の製造業に的を絞り、そのお客様の製品開発に広く活かしていただける製品を提供したい、という想いで開発に勤しんで参りました。PCクラスターを利用する開発や展開を進めておりましたので、それまでは特殊な環境でなければ使えなかった大規模CAEを様々なお客様に受け入れていただけるチャンスでもありました。
より洗練された手法も出ていた頃でしたが、このような背景と、あえて高い汎用性を求め過ぎなかったところが受け入れられ、その後ADVENTUREClusterが10年、20年と長期に渡りお客様にご利用いただける製品に成長したことを、今はとても誇りに感じています。
ADVENTUREClusterやCGCG法にて様々な賞を受賞されていますが、受賞に関わるエピソードがあれば教えてください。
ADVENTUREClusterやCGCG法では日本計算工学会技術賞、日本機械学会賞など様々な賞をいただいておりますが、私自身はゴードンベル賞ファイナリストと文部科学大臣賞の受賞に関わっています。
中でもIBM製の超並列コンピューターを用いた落下衝撃解析にてゴードンベル賞のファイナリストに残ったことは思い出が深いです。
日本では昼夜逆転の中、アメリカにいるIBMの共同研究者とメールやチャットなどでお互いに連携しながら、現地にある8000コアのスーパーコンピューターを使って研究を進めました。題材は共同研究者の東芝様よりご提供いただいたものです。ゴードンベルはパフォーマンスが評価されるのですが、並列規模、モデル規模とも、商用ソルバーでこれだけの規模の実用的な解析をしたというところを評価頂いたものと考えています。
開発の中で印象に残っている思い出などを、教えてください。
慶應義塾大学(当時)の野口裕久教授と、CGCG法のアイデア段階から議論させて頂いたことが大変思い出深いです。大変気さくな先生で、何度も矢上キャンパスの研究室を訪ねさせて頂き、ディスカッションにお付き合い頂きました。
いいパフォーマンスが出たことをお知らせした際には、一緒に喜んでいただいたことが思い出されます。その先生と共に沢山の貴重な体験ができたことは今もとても誇らしく思っています。その後、若くして亡くなられたことが残念でなりません。
開発の中で苦労したことや、それをどのように乗り越えてきたか教えてください。
開発の中での苦労という点では、リーダーとしてチームをどうマネジメントしていくかに難しさを感じることがありました。当社には数学、物理、工学などのそれぞれの得意分野を持つメンバーが揃っています。
様々な意見が飛び交う中、どうやってアイデアをまとめ上げて製品に生かすべきかを悩む時期もありましたが、自分の意見を押し付けず、メンバーそれぞれの得意分野を活かしながら個々のアウトプットを尊重することを大事にしてきました。
また一方で、そういった自分たちの個性を発揮することも大事にしつつも、開発した製品が本当に役に立つのか、お客様のご意見を聞くことも大切なことです。そのためには自分たちが作ったものが製造業の現場でどのように活用していただいているのか実感を持つことが必要です。今後もお客様との関わりをさらに増やしていきたいと考えています。
CAEは大半が欧米のツールが占めている中での数少ない日本製のツールです。その利点を生かしてADVENTUREClusterがお客様に還元できるものとは何でしょうか。
やはりADVENTUREClusterの一番の特徴である、大規模で高速というところでお客様にメリットを感じて頂いているようです。また、日本語でのきめ細やかなサポートが可能であるというところも評価を頂いております。
日本国内のお客様のニーズを速やかに実現していく、という部分はこれまで注力してきたことですし、これからも維持していく所存です。
今後はさらに、研究機関などで行われた研究結果をいち早く日本の製造業の皆様にお届けし、産業と技術革新の基盤づくりにつなげられるような体制づくりを整えていきたいと考えています。
ADVENTUREClusterの海外展開に対する思い、AI技術との融合などについてご意見やビジョンなどをお聞かせ下さい。
海外展開に関しては、国内に限らず全世界に広く使われるツールとして位置付けてもらうために、積極的に推進していくべきだと考えています。
AI技術との融合については非常に難しいところではありますが、CAEとAIのお互い弱いところを補い合いながら、より良いソフトウェアになっていくことを想定しています。その中でのAI活用法も多岐に渡ると考えられますが、リソース的にあちこちと手を出すわけにはいかない中で、どう活用していけるかが課題だと感じています。
日本の製造業で今後どのようにCAE技術を取り入れていけばよいとお考えでしょうか。
近年、世界の課題として取り上げられているSDGsやカーボンニュートラルへの取り組みにCAEは大いに活躍できる可能性があります。
SDGsの17目標の一つでもある「エネルギーをみんなに、そしてクリーンに」の標語につながる、効率的で環境にやさしい製品開発にCAEはこれからも活用されていくはずです。
カーボンニュートラルに向けてスピーディーな開発が求められている自動車業界の現場においても、高速処理が可能なCAEは製品開発に広い範囲で活用できるものだと考えております。
ADVENTUREClusterの今後の展開について教えてください。
CAEの技術には歴史があり、解析の手法や機能も多岐にわたります。そのため、これまでの開発では、CGCG法の特性を生かしつつ、多くの既存技術を入れ込んでいくことを進めてきました。
一方では、CAEの中でも新しい技術の潮流もありますし、またAIのような全く異なる技術との融合も大きな課題としてあります。こういった、従来とは異なる技術を取り入れて開発したものを、どのようにお客様に活用していただき、会社や社会の発展につなげていけるかが今後重要な点であると思っています。
また、日本の研究活動においても、海外の研究者と競争しつつ、高度な研究成果を上げている方がたくさんいます。そういった方々の成果をADVENTUREClusterに取り入れて、いち早くお客様に届けたいという想いもあります。
CAEに関わるみなさんにメッセージをお願いします。
開発の最前線で働いていらっしゃる皆様の作業効率向上を考えると、さらなる高速化や他ツールとの連携のためのコラボ機能の拡充はもちろん、解析の幅を広げることも常に視野に入れています。CAEへのニーズは限りなくあり、それと同時に可能性も沢山あると感じています。
先人たちが開拓し作り上げてきたCAEをさらに進化させていくためには、手軽に評価ができ、直感的操作で新アイデアや新製品につながる機能を開発していくことが必要です。そのようなことができればもっと活用の幅が広がると考えています。
製造業の中でCAEが汎用的に広がってきてから20年以上になる中で、従来型の使い方とは違う視点の発想を取り入れていく必要もあります。AIや新しい技術、様々な人の知見やアイデアが必要です。
私の開発者としての夢は日本における企業、研究者、お客様と仲間としてつながりながら一緒にできることを考え、CAEの可能性を大きな力にしていくことです。ADVENTUREプロジェクトに次ぐ、国として誇れるさらに強いCAEツール開発のための新プロジェクト始動を思い描いています。
CAEはそういったポテンシャルがあるものだと思います。私たちの積み重ねが日本の製品開発力の向上や、世界にとってより持続可能な未来を築くための礎となれれば幸いです。