ADVENTUREプロジェクト リーダーインタビュー

~05 技術者の誇り~

今回がADVENTUREプロジェクト リーダーインタビューについての最後の記事となります。エンジニアリングについての吉村先生のお考えや、これからの可能性について伺ってみました。
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東京大学構内にて

プリ・ポストとソルバーの関係

ADVENTUREはモジュール構造ですが、複数のモジュールを一度に立ち上げた場合にそれらのインターフェースをスムーズに連携することは簡単そうで実は難しいものです。

当時の有限要素法の開発現場では、ソルバーに優位性があると考え、複雑な部分はプリ・ポストに任せようと考える傾向がありました。

ADVENTUREでは逆に、プリ・ポストの元で複数のソルバーを動かす構造となっていたため、むしろプリ・ポストに優位性を持たせて足りない部分はソルバーに吸収させるデータ構造としたのです。

また、ソルバーさえ先に開発できればよい、という考えではソルバー開発者は自分で解析モデルを作成しなければならなくなります。その場合、単純な形状の問題しか作ることができず、大規模とはいっても、大きな直方体のような問題さえ解ければそれで良いとしてしまうことになりがちです。

それでは、ユーザーが本当に解きたいものを解ける実用的なシステムを開発できません。そこで、ソルバーが出来上がる前に、プリで十分に複雑なCADモデル、そしてメッシュを作るようにしました。ユーザーが解きたいような複雑で実用的な問題を先に、ソルバー開発者に提示するようにしたのです。ソルバーにはそういったモデルを多数計算させ、妥当な結果が得られているかを可視化して何度も検証しました。

このように、どのシステムを先にするべきかという開発フローを考えながら、システム全体の開発を進めるようにしたのです。開発フローを検討する際には、大きな紙に書いて皆で議論しながら検討することも行いました。

また一方、プリ・ポストとソルバーは抜けなく連携することが自明ですが、そのためにそれぞれがどこまでのことを実現すべきかは自明ではありません。また、研究や開発は言われたからできるといった単純なものでもありません。それぞれのモジュールの分担に大体の線引きをした上で、各研究者、開発者に限界まで性能を発揮してもらうよう細部を調整しながら連携を取っていったのです。

それぞれの立場でフローを調整していったのは、お互いの事情を理解した上で開発を進めることがシステムやアルゴリズムの発展に繋がると考えていたからです。

プロジェクトはまるで雪だるま作り

―以前、吉村先生からお聞きした「雪だるま理論」についてお話いただきたいです。

私の出身地は、雪が降ると多い時には30cmほど積もる地域でした。子供の頃は、校庭に出てよく雪だるまを作っていました。雪が豊富ならばどの方向に回しても綺麗な雪だるまが作れますが、雪が少ないと土がついて黒くなってしまいます。

なるべく綺麗で大きな雪だるまを作るためにはまず両手で丸めた小さな種を作り、完成した雪だるまの形をイメージします。その種をこちらに転がすと形はよくなるけど土がついてしまう、だから土を付けないためにはあちらに転がさざるを得ない。しかしそれだけを続けていると形がいびつになってしまいます。そこで、次は形をよくするためにこっちに転がそう、という作業を続けて完成イメージに近づけていきます。

自分の作りつつあるものの現状をよく観察し、最終イメージとの差を認識し、周りの環境を探りながら行うその作業が、今の自分の研究活動と重なります。プロジェクトの状態を見ながらどの方向に展開するべきかを考えた時、たった1つのことだけを考えるのではなく、色々な方向性を視野に入れながら少しずつ綺麗に形よくしていくことがまるで雪だるま作りのようなのです。

研究を始める前は山登りをイメージする

―当社が重点的に伸ばしていきたい領域では、実に様々なニーズがあり、膨大な量の研究課題があります。大学や研究機関とチームを作って前に進んでいくことで、当社としては製品開発に注力できますし、より社会に貢献できることに繋がると考えています。

アライドエンジニアリングとの関係ですが、今までも密接に色々なことをやって来ましたね。産学連携で大きな仕事を受けられる、それはやはり他にはないチーム編成ができていると実感します。

例えば何かの研究依頼が来た時に、大学の力だけで解ける問題は限られています。ですが、アライドエンジニアリングと組むことによって現実問題を解けるようになります。

先ほど課題が多いことをおっしゃっていましたが、そういった時には、気を付けた方がよいことがあります。大学でも、学生や研究員が研究を開始する際に、新しいことを調べ始めると色々と課題が出てきます。その時、とりあえず何か成果を出そうとするならば、着手しやすいところから作業を始めてしまいがちです。ですが、私は「目の前にあるものがやりやすいからという理由で始めることはやめなさい」とよく言います。

課題としては、むしろクリティカルになるようなものがあればその解決方法の計画を練ることを優先すべきです。研究テーマや開発内容の選択、優先度付けを考える際、最初はとっつきにくいと感じるものを、可能な限り広い視点を持ち、どれだけ深く思考して行動するかが重要です。

山登りに例えると、山には色々なところからの登山口があります。「入口」とはっきり書いてある登山口があり、登りやすそうだと感じてそこからスタートするとします。しかし、途中で険しくなったり、道がなくなったりするとまた降りることになってしまいます。

そこで降りる選択をするのも一つの方法ですが、山登りを始める前にどのルートが一番良いか、険しいルートであれば道具をちゃんと整える等の計画立てや準備をしてから登山に臨む方が目的を達成しやすくなりますよね。

―お客様の課題に対してさらに一歩進んだ提案ができるために、最初のアプローチの方法やどのような準備をすべきなのかを社内でもよく議論をしています。

どうやって情報収集していくかも重要ですよね。今は、オープンサイエンスなど研究成果のオープン化の流れもあり、それを利用できる可能性もあります。一方、事前情報が何もなく、どうすれば良いか分からない時は何度もトライして徐々に情報を獲得し、再度戦略を練る。そういうことも必要です。

たくさんあるニーズの中で、限られたリソースを適切にハンドリングしながら攻めていくことが重要だと思います。

海外展開と国内での可能性

―当社は今後、海外に向けて製品展開していきたいと考えています。是非先生からご提言をお願いします。

海外での可能性は充分にあり得えると思います。海外では様々なチームがダイナミックな研究に向けてどんどん動いています。私たちも国外に向けての新しい関係性を作っていくことも重要ですね。

それを全部自分たちのリソースでやるのか、そうでなければ信頼できる新しいパートナーをどうやって見つけ出すのかが難しいところです。持続可能な形で続けていくことも考えるべきですし、展開エリアの選定も重要ですね。

色々なところから話を聞いて情報収集をする等の、間接的な経験を蓄積していくことも重要かもしれないですね。

エネルギー分野で言うと、国内でも再生可能エネルギーや洋上風力発電などの研究が立ちかがってきています。そこに様々なエンジリアリング課題が出てくるはずですので、そこについてもビジネス展開の可能性はあるのではないでしょうか。

洋上風力発電は、東京大学でも先行してトライしているところですよね。アライドエンジニアリングにも協力をお願いしている理由は、一緒に研究を進めながらマーケットに需要が出てきたタイミングで即ビジネスとして展開できるように準備をしておいて欲しいからです。

そうすることによって日本社会にとってもプラスになりますし、国内でのビジネス重点領域の移り変わりをいち早くキャッチすることにも繋がるのです。

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手を取り合う吉村先生と大山

技術者のプライド、そこから生まれるリスペクト

最後にお伝えしたいのは、ソフトウェアのアルゴリズムを創り出したりプログラムを書いたりしている技術者の想いやプライドが重要だということです。

研究分野では論文の発表や学位を取ることで脚光を浴びることが多いですが、プログラムの中で様々な工夫に意識を向けることが重要だと感じています。

プライドもなく言われたままに積み上げられたコードでは、たいしたことは成し得ないはずです。

私自身もそうですが、ADVENTUREプロジェクトのメンバーもアライドエンジニアリングの技術者一人一人をリスペクトしています。

技術者の名前がソフトウェアのコード内に残っているわけではありませんが、自分が書き込んだアルゴリズムがソフトウェアの中に存在し、それが社会で有効活用されているのだと実感できる環境がすごく重要ですよね。

―とても同意します。これからもプライドを持って若い技術者を育てていきたいです。先ほどのプリ・ポストとソルバーの関係のお話に戻りますが、開発側の都合ではなく、ユーザー側からの発想ですよね。何十年も前から、研究者である先生がそういったユーザー側の視点を持たれていたことに尊敬の念を抱きます。

ソルバーでは、直接法であればどんな問題でも一応は解けます。けれどもADVENTUREで並列ソルバーに採用した反復法の場合、複雑な形状やメッシュサイズに大きな差があると収束するかしないか、すなわち問題が解けるか解けないかという問題が出てきます。

論文を書くことが目的であれば単純な形状で研究を進めることもできますが、汎用ソフトウェアで複雑な形状の問題で収束解を得られないとしたら実用的な物ではなくなってしまいます。

このような現実の課題に真正面から向き合いながらアルゴリズムや理論を苦戦しながら作っていくことから、研究上やビジネス上のそれなりのリターンが生まれてくるのです。技術者を甘やかしてはいけませんね。

―苦難を乗り越えてきているからこそリスペクトする、ということですね。

正にその通りです。一人ひとりの日々の努力や工夫がソフトウェアを総合的に良くしています。技術者たちがそのような意識を持って活き活きと仕事に臨んでいる職場や、そこからの成果物というものにこそ意義がありますよね。

厳しい条件の中で難しい課題に挑戦する程、エンジニアリングの新しいイノベーティブな可能性を生み出す道筋となると信じています。

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