ADVENTUREプロジェクト リーダーインタビュー

~04 リーダーとしての使命~

前回はオープンソースの維持について、工夫されたことなどをお話いただきました。今回は吉村先生がプロジェクト・リーダーとしてどのような視点や方針をお持ちであったかをお話いただきました。
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笑顔の吉村先生

研究者でありながらビジネスマンのような視点も

―先生のお話を聞いていると、ADVENTUREの技術から全体像や未来まで含めて色々考えていらっしゃって、研究者でありながらビジネスマンのような視点をお持ちであるなと感じます。

リーダーとしてプロジェクトを進めるにあたって、勉強も色々していました。当時感銘を受け、今でも印象に残っている書籍や言葉をいくつかご紹介しましょう。

一つ目は、プロジェクト開始2年目に米国から帰国されてポスドクとして加わった河合浩志先生(現東洋大学教授)に紹介してもらった、当時注目されていたエドワード・ヨードンの著書「デスマーチ ソフトウェア開発プロジェクトはなぜ混乱するのか」を読み、ソフトウェア開発プロジェクトにおいて優先順位付け、リスクの洗い出し、リスクヘッジ等が如何に重要かを学びました。

顧客企業やスポンサー、プロジェクトのトップから途中で急な変更などの指示が入ると、想定していた開発スケジュールが大幅に崩れて現場が混乱する典型的な事例が詳細に説明されていました。正にその通りで、もし私がイエスマンであったならこのプロジェクトは成功しなかったと思います。

もう一つは2000年にNHKで放映された「プロジェクトX 町工場 世界へ翔ぶ~トランジスタラジオ・営業マンの闘い」という番組をたまたま見たことです。それはソニーのトランジスタラジオの成功事例を題材にしたものでした。

技術が優れていてもそれだけでは売れない、知名度が全く無い中でブランドをどう立ち上げるかという内容で、ゼロから立ち上げるブランディング戦略の重要性を学びました。日本製品が下に見られていたヨーロッパに進出する際、クリスマス商戦においてトランジスタラジオを有名デパートに展示してもらい、そこから「壊れない、品質の高いラジオ」として話題となっていったという内容でした。

ブランディングの必要性に気付かされたことにより、ADVENTUREも徹底的な高性能を実現するだけではいけない、まずは厳しい基準を持っているユーザーにこそ使ってもらうべきだと考えました。

そこで導入先ユーザーとして、一番厳しそうな自動車業界や半導体業界と組むことにしました。そういったユーザーからは色々と厳しい指摘も受けましたが、結果は後からついてくると信じ、まずは使えるものだということを実感してもらうようにしました。

プロジェクト終了後の2009年には、クリス・アンダーソン著の「フリー 〈無料〉からお金を生みだす新戦略」という本が出ました。その内容とADVENTUREの方針を対比し、今後のADVENTUREにおけるフリービジネスの中で最終的に資金や物が回るようにするにはどうすればよいかを考えました。

大学で非常勤講師を引き受けていただいたこともある当時クレイ・リサーチ社におられた加藤毅彦先生の「一度立ち上げたら、どんなことがあっても旗を降ろしてはならない」という言葉も、私のADVENTUREに対する姿勢の元となっています。私が一人でも声を上げ続けていれば「プロジェクトは生きている」と、周りの方々に認識し続けてもらえるのです。

分散型で自主参加の持続可能なプロジェクト

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ADVENTURE RROJECT 冊子(2000-2001)、(2002-2003)

はじめに国のプロジェクトとしての活動を5年間続けられたことは大変幸運でした。プロジェクト終了後もADVENTUREを維持するためには、同程度の規模の国のプロジェクトの採択に力を入れて、予算を確保し続ける方が近道ではありますが、その方法がベストとは必ずしも思えません。

それは何故かというと、国の予算がないと続かないということは、自立的に生きる力がないものにカンフル注射を打ち続けているような、健全ではない状況にあると感じたからです。未来開拓のプロジェクトが終了し、研究資金的に厳しい環境に置かれる中で、それでもADVENTUREを生かし続けるためにはどんなことができるかを真剣に考え、努力をしました。

開発に関わった若い人たちが、その後大学の教員になり、それぞれ研究室ごとに研究した成果をADVENTUREに反映していく流れは続いています。大学のメンバーは、それぞれが推進する産学連携のプロジェクトにオープンソースの特徴を活かしてADVENTUREを活用しており、大学内外のネットワークで色々な研究を推進しています。

一方、アライドエンジニアリングではADVENTUREを元に商用コードとしてADVENTUREClusterを開発し、日々開発を進めながらビジネスを展開していますし、インサイトはADVENTUREのオープンソースを使った開発や教育、コンサルティング事業を展開しています。

僅かな開発費用になっても、ADVENTUREのミーティングを開催すればメンバーたちが集まり、最新の情報を共有するとともに、次の研究開発に向けて知恵を出し合います。ADVENTUREプロジェクトの位置づけは、そのように研究者や参加企業の自発的な活動をつなぎ合わせる方向に変化していき、そういう中で地球シミュレータに関する研究が始まり、京から富岳へとさらなる発展に繋がっています。

学生にはよく話すことですが、ADVENTUREというオープンソースだけがあっても不十分だったと思います。一方でADVENTUREが途中で消えたとして、ADVENTUREClusterだけが残っていたとしても、厳しい状況になっていたと思います。

私たちは、アカデミア・産業界を問わずコミュニケーションのチャンネルを多く持っていましたし、アライドエンジニアリングも、同様だったと思います。そういった中で、両者が緩やかにかつ戦略的に連携することにより、お互いのプロジェクトやソフトウェアの発展に対しての相乗効果が多くありました。また、アライドエンジニアリングの主要開発者の一人、柴田良教さんが東京大学で開発を行うなど、色々な交流もできました。

日本社会では、一つの組織でこれらの関係をすべて抱えようとしたら大変なコストが掛かりますが、こういった分散型で緩やかなチームを組んで、徐々に徐々に持続可能な仕組みを作りながら、その時に持てる知恵を最大限に活用しながら開発を進めてきたことが成功の要因だと思っています。

―自律してチームが活性化するような仕組みをつくられた、というところが重要なポイントだったのですね。技術を持った方々が自主的に集まってアイデアや意見を出し合ってさらに成長していく仕組みを考え出すこと、何もないところから絵を描くことはすごく大変だったのではないかなと想像します。

強制的な形ではなく、メンバー自身がそこに参加していることにより利点を感じることができる、そのような自律的なモチベーションをそれぞれが持てるような環境にすれば、わざわざこちらから声掛けをしなくても自主的に集まることができるのではないかと考えました。

基本的に、今のADVENTUREプロジェクトは情報共有の場になっています。一人では出てこないアイデアも、色々な情報が集まることによって生まれる場合があります。また、新しい機能を追加する際にも、ADVENTUREの開発ポリシーに照らして適しているか、どのように修正すれば適合するかということを皆で議論しています。さらに、ある開発テーマに対して、個別にチームを作ろうとした時には、誰が何をやっており何に興味があるのかが分かっているので、役割分担を決定するなどの編成も自律的になされています。

構築はまるでパッチワーク

―骨格をしっかり作って、後は研究者の自由な発想で開発を進めていく、その成果を一つにまとめられるというのは研究者のモチベーションも維持できるし、成果もすぐ見えるのでとても良い環境ですね。

例えばプロジェクトの中で、現在は領域分割型の大規模計算に関しては専任のメンバーに任せています。ですので、私自身は連成解析などの、他のメンバーが手を付けられないところに目を向けます。特に並列環境での、他の人が見たことが無いような大規模で実用的な問題での連成解析がターゲットです。

その構想をベースに、2000年代後半に新たに開発したものが ADVENTURE Coupler や REVOCAP Coupler などの汎用並列連成解析の大きなフレームワークです。

コーディングはアライドエンジニアリングで進めてもらいました。大学では複数の博士課程の研究テーマとして研究を行い、非線形反復アルゴリズムの収束性向上、並列効率を阻害しないアルゴリズムの開発、実用的な大規模連成解析への適用などの研究成果を上げました。

個別の博士課程の研究だけですと、実問題との乖離が生じます。しかし、私自身が全体を把握しているので、頭の中ではたくさんの要素レベルの研究成果がパッチワークのようにつながり大きな研究成果のイメージが湧きます。

あのピースでは何ができる、このピースは抜けているが、では何で代替するか、どういう順番で各ピースを結び付けるか、一つ一つのピースをどのように組み込んでいくべきか、そういうことを常に考えるようになってきています。

新規の知恵の部分は我々大学や学生の頭の中から出てきて、ビジネスとしてのソフトウェア開発の部分はアライドエンジニアリングの力がある。そういった結びつきをうまく活かした協力関係ができています。

ADVENTUREで新しい機能が実現できると、今度はこのソルバーでこんなことができるな、こんな問題が解けるなという構想が頭の中で組み上がったりもします。ただし、それを誰かに伝えるのは難しいと思うこともあります。皆自分の専門分野を深めるだけでも手一杯で、一人ですべてこなすのは難しいですよね。

私としては、一人一人が何をしているのかを見ながら、抜けているピースは何か探ったりしています。そこが順次埋め込まれていった結果として、今のADVENTUREやADVENTUREClusterができています。

―先生がお釈迦様のように見えてきました。

最初から全体を見通していたわけではなく、その時その時で少し先のことを考えていました。その時にできることだけをやるだけでは、その後の拡張可能性がなくなってしまいます。

できるだけ先のこともイメージとして描きながら、その関係から今必要なことは何かと、時系列をさかのぼるように思考を展開して、活動するようにしています。今でいうバックキャスティングの手法ですね。

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